越後のもち屋たかの

生切餅

こがね餅

手のし餅

冷凍手のし餅

冷凍焼き餅

魚沼地方の土壌や気候は、コシヒカリなどのうるち米はもちろん、もう一種類の米・もち米も美味しく育つ最高の場所です。特に、『こがねもち』と呼ばれる品種は、新潟特産のもち米界のスーパースター。病気に弱く倒れやすく、収獲も少なめであるにもかかわらず、もちにすると、コシ・粘り・きめの細かさの3拍子がそろうと、市場評価も高く、大人気。コシが強いのに歯切れがよい、という、昔ながらのもちの風味を伝えるこがねもち。もちろん、私たちも作っています。

おもちといえば、お正月や神事、お祭りなど日本のお祝い行事に食べる“ハレ”の食べ物でした。それが、現在では保存性の高い包装もちが出回り、一年中食べられる日常の食品となっています。しかし、日本人の文化と切っても切れないこのおもちも、その知識となると意外に知られていません。そこで、おもちの食文化について、ちょっとおさらいしてみました。

日本に稲作文化が渡来したのは縄文時代の末、つまり約2500年前といわれます。当初の米は、赤い色素を持ったもち米タイプのもので、簡単に「餅」になりやすい米だったようです。もちは古代から神にささげる食物として作られ、歳の暮れにおもちをつき、正月に食べる風習は平安時代から行われていたようです。

昔からもちの名前の由来にはさまざまな説があります。谷川士清(ことすが)が「倭訓の栞」で、「もちは望月の望(もち)である」、つまり、望月の「円」が円満の象徴であると説きます。私たちの祖先は太陽や月を崇拝して、祭りなどのたびに太陽や月になぞらえてもちの形を円にするようになったのではないでしょうか。

歳神(さいのかみ)さまへの供え物である鏡もちの形は、三種の神器の一つ、“銅鏡”の形からきたとも、人の心臓の形を模したものともいわれています。上下一体となった形は、“お日さま”と“お月さま”をあらわし、一年をめでたく重ねるという意味が込められていると伝えられています。鏡もちは原則として床の間に飾りますが、この形が発達したのは室町時代以降、床の間のある書院造りが普及してからのことです。

おもちの材料になる“もち米”はでんぷんが75,8%、水15,5%、たんぱく質6,8%、脂質と灰分が少々。ご飯100gは148キロカロリー、おもちは100gで235キロカロリーの熱源。したがって、おもちは少ない量でカロリー分を摂ることができる食物で、マラソンやサッカーなど持久力を必要とする試合前におもちを食べるスポーツ選手も多く見られます。